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特集記事

鉄道高架化の弊害

March 4, 2017

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔は全ての電車(列車)が地上を走っていた。

田舎にいた子供の頃、線路土手に生えている土筆を取りにいき、

蒸気機関車が近づくとあわてて逃げたものだ。

トイレ付きの特急が通過するときは汚物に気をつけた。

昔は線路に垂れ流しだったのだ。

 

幹線道路の渋滞を解消することが目的で、都心の鉄道はどんどん高架化されていった。

・踏切事故の解消

・幹線道路の交通渋滞解消

・分断されていた街の解消

・スピードアップと輸送力増強

だいたいこんな理由で70年代後半から実施されてきた。

なかには小田急のように複々線を伴った改良も多い。

余談だが、小田急の計画はもう30年以上前から工事に着手、

ようやく2018年に完成予定だが、

当時の新入社員が定年退職してもまだ終わっていない。

これは悲しい。

 

で、ここで気になるのは「分断されていた街の解消」である。

踏切があって街が分かれていたというが、本当だろうか。

電車が地上を走っていることよって、街がつながっていたんではないだろうか。

確かに線路で街は分断されている。でも向こう側の街はしっかり見渡せたではないか。

地べたを走る電車もあたかも町のキャラクターのように溶け込んでいた。

昔は編成が短かく、かわいらしい存在だった。

今では、世田谷線、井の頭線、都電荒川線、新京成線など、ごくわずかになってしまったが、

みな編成が短く、ローカル色豊かな路線だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高架になったらコンクリートの柱しか見えない。

見上げないと電車も見えない。

陽も当たらないし、月も拝めない。

メリットは踏切を渡らずに反対側に行けるだけ。

これって街が一体化したことになるのだろうか?

逆に高架が街全体に壁をつくり、イメージ的に街を二分しているように見える。

自宅の近くの高円寺や阿佐ヶ谷は、高架化によって南北のカラーが

より顕著になったのではないかと思う。

(ここは線路が4本あるので仕方がないのかもしれないが)

別に高架化を否定しているわけではないのだが、理由が不純だと思うわけだ。

 

踏切を渡ると普段の生活圏とは違うところへ来たんだなあ、と

ちょっと嬉しくなる。

それを実感させてくれるのが、あの踏切の音。

日常聞き慣れてしまっているチンチンチンという音。

それが無意識に東西南北の街の境目を象徴していて、

ワクワク感につながっていた。

視覚的には見えるので、分断されているイメージはない。

まちあるきが趣味なので、この踏切を渡るワクワク感と

知らない電車が目の前を通り過ぎる瞬間がたまらない。

 

高速道路、幹線道路、鉄道と、街は様々な高架橋で埋め尽くされている。

踏切の解消は事故防止に直結することなので、心の中では賛成なのだが、

渋滞解消というクルマ社会の目線の方が重視されているのも事実。

 

鉄道の高架化で、安心して生活できる街、利便性の高い街はできつつある。

それに加えて、そぞろ歩きが楽しいまちづくりはできないものか。

高架橋を見るたびに、何だか複雑な気持ちになってしまう。

 

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